この文書には、運用実例も、論理的な証明もない。きわめて説得力の薄い文書であることを認める。とにかく筆者は、いちプログラマとして、このような人物がチームリーダーであることを望む。


結論

 おもしろいゲームを作るためには、優秀な「キャプテン」が必要だ。 (ゲームの唯一の存在意義が「おもしろい」であることを考えると、おもしろいゲームを作れない組織は、存在ないも同然だ…彼らは近い将来、存在しなくなるだろう)
 キャプテンには、様々な分野の能力が必要だ。ゲーム、ゲーム以外の娯楽、ハードウェアやプログラムの基本的な部分、グラフィックやサウンドのセンス、認知心理学、マーケティングやマネジメント、etc。
 キャプテンは、このように広い分野の知識を、統合的に関連づけて使う能力が必要だ。この能力はプログラマーやグラフィックデザイナーと同じくらい特殊なものだ。優れたキャプテンを作るには、優れたプログラマーを作るのと同じくらい、高度な訓練が必要になる。

ディレクターとの違い

 ディレクターとキャプテンは違う。ディレクターの役割は、販売元や外注先への連絡係である。仕様書を書くことはディレクターの仕事には含まれない。キャプテンは、販売元や外注先への連絡に加えて、ゲームの仕様書を書くことも仕事である。ただ、これでは仕事の量がディレクター1人分を越えるため、キャプテンは販売元の「接待」を営業者や経営者に委譲することができる。

プランナーとの違い

 プランナーとキャプテンは違う。プランナー = 企画者は、開発費を出してもらえるくらい魅力的な企画を作るのが仕事だ。また、プランナーが販売元の一員であることもある…販売元がゲームの概要を決めて、ゲームの詳細は開発側で決めるようなケースがこれに該当する。
 キャプテンの仕事は、企画書を書くだけでは終わらない。より詳細なレベルの「仕様書」もキャプテンの仕事に含む。
 プランナーが書く企画書は、この程度で十分だ :

●機能説明「セーブ」=メモリーカードにゲームの進行状況を保存します。

 キャプテンが書く仕様書には、ここまで必要だ :

●機能説明「セーブ」=メモリーカードにゲームの進行状況を保存します。
 メモリーカードが差されていなければ「メモリーカードが差されていません」とメッセージを表示し、メニュー画面に戻る。
 メモリーカードにこのゲームのセーブデータがなければ、プログラムはメモリーカードの空き容量を調べる。空き容量が不十分なら「メモリーカードの空き容量が足りません」とメッセージを表示しメニュー画面に戻る。空き容量が十分なら、「セーブデータを作ります。これにはXブロックを使います。よろしいですか? (Y/N)」のメッセージと選択肢を表示する。プレイヤーがNを選んだらメニュー画面に戻る。プレイヤーがYを選んだら、メモリーカードにゲームの進行状況を保存する。
 すでにメモリーカードにこのゲームのセーブデータがあれば、そこにゲームの進行状況を保存する。


キャプテンとは

キャプテンの仕事

 プロジェクト始動。この時点で、予算と期間が決まっていると仮定する。予算と期間を決めるのは経営者の役割だ。キャプテンの役割は、その制限内でいかにおもしろい…つまり次の仕事につながる…ゲームを作るかである。
 以下のように、キャプテンの仕事は多様で詳細にわたる。重労働だが、見返りも大きい。キャプテンはゲームを自分のセンスに染めることができる。雑誌などに「ゲームクリエイター」として取り上げられるのは、キャプテンをおいて他にない。

序盤

 企画を分析する。その企画をどう料理すれば、おもしろく・かつ・売れるゲームを作ることができるか。プログラムで、グラフィックで、サウンドで、それぞれどこにこだわれば、その企画から最大限におもしろいゲームを作ることができるか。予算と期間の制限下で、何は絶対に譲れなくて、何なら削っても許せるのか。
 文書資料やプログラマーやアーティストからの情報収集を行う。ハードウェアの性能・プログラムというものの性質・アーティスト用ツールの特性などから、企画内容の実現可能性とコストを見積もる。

 予算・期間・ハードウェアやツール性能の制限下で、ゲームの方針を決める。
 操作方法の方針。初心者向けにインターフェースを設計して、簡単な操作だけを前面に出し、高度な操作はメニュー階層の下に隠しておくか。それともゲームマニア向けに、コントローラーのボタンをすべて使って (ときには複数のボタンを同時押しして)、あらゆる機能を一瞬で起動できるようにするか。
 プログラムの方針。このゲームのプログラムで何を重視するか。必要なのは、物理法則を再現した自動車の挙動だろうか。それともリアルさを省いてでも爽快感を追求すべきか、それなら爽快感はどのように実装すべきか。
 グラフィックの方針。このゲームにはどのようなグラフィックデザインが適しているか。油彩画、水彩画、ジャパニメーション、アメコミ、劇画、水墨画。金属やプラスチックのような人工的なデザインか、植物や生物のような天然的なデザインか。
 サウンドの方針。このゲームのBGMはどのようなジャンルで、どんな楽器で演奏されるのがいいか。管弦楽団、ジャズバンド、ロックバンド、民族楽器。
 さらに、これらを連携させて使うことを考える。この画面では、どんな映像(グラフィック)を、どのようにアニメーション(プログラム)させ、そのとき鳴る効果音(サウンド)はどのようなものか。

 頭の中で完成したゲームが想像できるくらいになったら、プログラマーやアーティストに指示を出す。指示を明確にするために有効な手段が仕様書だ。
 そしてプログラマーやアーティストは作業を始める。

中盤

 仕様書を更新し続ける。プログラマーやアーティストへ最初に渡した「とっかかり」仕様書を、より明確に更新していかなければならない。作業を進めているプログラマーやアーティストから質問が寄せられたり、キャプテン自身が仕様書を再チェックして曖昧な記述をみつけたら、その部分を更新する。
 これを怠ると、ゲーム画面Aでは初心者向けの操作、ゲーム画面Bでは上級者向けの操作、などが混在したゲームができあがる。特に、コンピュータの操作に熟練しすぎたプログラマーに仕様を任せると、普通のプレイヤーが重要な機能を起動できなくなるかもしれない。
 常に更新され続けるという仕様書の性質上、紙というメディアを使うには工夫が必要だ。スタッフにバインダーを持たせ、更新したページを差し替えるように指示する、などの手段が有効だろう。それよりも効率がよさそうなのが、電子文書(テキストファイルやワープロアプリの文書ファイル)を使う方法だ。重要なのはワープロソフトを使いこなすことではなく、プログラマーやアーティストに明確に情報を伝えることだということを忘れないように!

 プログラマーやアーティストから、作業の途中経過の情報を得る。ゲームの方針にそぐわないものは軌道修正する。
 適度な周期でスケジュールを再チェックすることも必要だ。

終盤

 バランス調整、バグ退治、迫る締め切り。
 バグを避けて発売を間に合わせるために、あまり重要ではない部分を削除することも必要になるかもしれない。何が重要で、何がそうでないかを判断するのは、キャプテンの役割だ。

キャプテンに必要な能力

ゲームへの理解・洞察

 ゲームで遊ばない人間は論外だが、ゲームで遊んでいるだけでは足りない。
 そのライバル商品がなぜその内容になっているのか? 他にどんな表現方法がある? もし自分なら、この画面はこう変えて、こんな効果を追求する、などと常に考えなければならない。
 たとえば、このくらい深い考察ができてほしい。「言葉ではなく、デザインのみが、ゲームを語ってくれる」

ゲーム以外の娯楽

 他のゲームの物まねをしているだけでは、もとのゲームを越えることはできない。ゲーム以外の情報源を持っていて、それをゲーム制作に役立てることができるかどうかが、キャプテンとゲームオタクの違いだ。
 興味の発端はゲームであっても構わない。ファンタジーRPGをプレイした後で、古代~中世のヨーロッパでの生活 (食料・宗教・医療) について興味本位で調べ、そのゲームがどれほどディフォルメされた世界観だったのかを知って愕然とするもよし。プレイしたゲームのBGMが気に入ったら、CDショップでそれ系のアーティストを探してみたり。
 推理小説からは伏線や手がかりの出し方、映画なら映像や音の演出を参考にできる。TVや漫画雑誌からは現代人がどのような欲求をもっているかがわかる。コミックやアニメは、ゲームの購買者層となぜかオーバーラップするので、彼らの嗜好を知るには役立つ。

人間工学

 心理学 (特に認知心理学)、ときには医学の分野に立ち入って考える能力が必要だ。
 プレイヤーのストレスと快楽を予測する。どのような手段でそれらを制御するか。
 ゲームで使われている概念 (ヒットポイント・メニューツリー・マテリアルとアビリティ) は、プレイヤーに身近なものだろうか。そうでなければ、どうやったらわかりやすくできるか。
 ボタン配置はこれでいいのか。人間の親指には、その操作方法ができるような関節があるだろうか。コントローラーを長時間持ち続けたらどの筋肉に負担がかかるか。
 これらの最適な解を見つける能力が必要だ。

プログラムの性質

 プログラムを組む能力は必要ではない。が、プログラムというものは何ができて、何ができないかを理解している必要がある。コンピュータは、明確に定義された演算なら天才科学者の何百万倍の速度で実行できるが、常識的であいまいな判断の能力は幼稚園児よりも劣る (できない)。コンピュータ・アーキテクチャの基本部分、CPUがあってRAMがあって、といったところも知っておくべきだ。
 ハードウェアの性能についても知っておく必要がある。64MBのメモリには地球の全人類の名前・性別・身長・体重を納めることはできない (必要に応じてディスクから読むことはできる)。ゲーム機が640x480ピクセルの解像度を持っていたとしても、子供部屋にある14型TVでは16x16ピクセルの漢字を読みにくい。

映像のセンス

 絵を描く能力までは必要ない。
 どのような映像の演出方法があり、それはどのような効果があるか、という知識は必要だ。映像ライブラリの中から、作るゲームの雰囲気を最大限に高める表現方法を見つけるセンスも必要。
 アニメ調のゾンビホラーをやりたいかい?

音のセンス

 くどいようだが、作曲できるほどの能力でなくていい。
 音の使い方のセンスが重要だ。音をうまく使うことで、プレイヤーの脳からアドレナリンを分泌させることもできるし、リラックスさせることもできるし、コントローラーを放り出して逃げ出すくらい恐怖を煽ることもできるし、プレイヤーを泣かすことだってできる。
 BGMについて考えると、様々なジャンルの音楽を知っている必要がある。ロックとヘヴィメタルしか知らない人間がそのゲームに最適な音楽を見つけるのと、クラシックも民族音楽もテクノも知っている人間がそのゲームに最適な音楽を選ぶのでは、明らかに後者が有利だ。
 効果音は、人間工学とも密接にかかわる。この場面で鳴る音は、この機能が特別であることをプレイヤーに伝えるために、普通の決定音とは別のものにしたほうがいいだろうか。この効果音は、単にボタンがちゃんと押されたことを示すだけでいいのか、それとも音源からの距離や向きまでプレイヤーに伝えるべきだろうか。

シミュレーション能力

 想像力に近いが、妄想力ではない。
 法則に基づいて、具体的にイメージする能力のことだ。ハードウェア性能の知識から、何ポリゴンくらいのキャラクタが何体くらい動くか、その画面を想像する能力。ひとりのゲームファンが、ゲーム雑誌の小さな囲み記事からゲームのタイトルを知り、そのゲームに対する興味をふくらませ、小遣いを持ってゲームショップに行く課程を想像する能力。
 キャプテンは、まだ完成していないゲームの画面を頭の中で想像し、それを他のスタッフに伝えなければならない。キャプテンの頭に明確なイメージがないかぎり、プログラマーやアーティストが確実な仕事をできるはずがない。

意思伝達能力

 キャプテンは、自分の脳味噌のなかにある情報を、できれば100%、プログラマーやアーティストに伝えることができなければならない。ゲームの完成予想図は、結局のところ、キャプテンの頭の中にしかないからだ。
 仕様書は意思伝達の有効な手段である。

管理能力

 キャプテンは管理職なので、もちろん管理能力が必要だ。チームを効率よく動かすための計画を作り、それを実行し、滞っている部分があればその影響を考えて解決を図らなければならない。
 書類の束を乱発することが管理だと勘違いしないように!


まとめ、られない

 ゲームシステム。この言葉は、ほとんどゲームルールと同じ意味で使われるが、筆者はそれだけではないと考える。
 システムという概念をおおざっぱに言うと、「全体が、部分の単純総和以上の性質を持つ」ということになる。たとえば、円筒形の箱・銅線・電池・スイッチ・電球、それぞれ単体では役に立たないが、うまく組み合わせると懐中電灯という役立つ道具になる。
 ビデオゲームは、様々なルールはもちろん、ユーザーインターフェース、グラフィックス、サウンドなどを組み合わせた、娯楽のためのシステムだ。システムというからには、要素を他から切り離して個別に扱うのではなく、まとまりを持った全体の中で把握することが必要になる。
 ゲームをシステムとしてまとめ上げることを役割とするのが、キャプテンだ。

 これは特殊な能力だ。プログラマーにもアーティストにもなれないから、仕方なくキャプテンになる、というのはありえない。

 「そんなスーパーマンがどこにいるんだ!?」という声が聞こえるようだ。ここにあげた能力をすべて、最初から持っている人間はいない。すでに必要な能力のいくつかを備えている人間に、その他の部分を強化してキャプテンを作るのが現実的な方法だろう。

 キャプテンなしで、まとまりのない・つまらないゲームを作り続けて、平穏に年老いていくのがいいか?
 それとも…

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