「ゲームプログラマーになって有名になりたい!」

っていうのが私の小学校の卒業文集の一言だった。
こんなこと思ってる人が最近の若い世代に(私もまだ若いと思っているが...)
増えているそうだが、当時(1X年前)はあまりいなかったと思う。まあ小学生だからね。
で実際幸いなことに「ゲームプログラマー」になることがというか、そういう
職業に就くことができたのだが、まだ有名にはなっていない。
じゃあどうしたら有名になれるかを今回は書いていこうかなとも思ったりしたのだが、
有名になってない人が書いても意味がないって...。ってことでねたがないので
「私とパソコンとの出会い」について振り返ってみる。

パソコンと出会うきっかけになったのは1冊の本だった。小学校高学年のときに
確か「マイコン入門」(パソコンじゃないのがみそ)とかいう本をみつけたのが最初だったと思う。
で、その本の内容はいわゆるBASIC教則本なんだけど漫画形式で(ここまではよくある話)
しかも登場人物はあの「ゲームセンターあらし」で妙に心をくすぐられたものだ。
対象機種にはPC−6001を使って初歩からいろんな命令やらを解説してくのだが、
なにせ「あらし」なんで楽しんで覚えていくことができた。
しかし1番の問題点は私にはパソコンがなかったこと。どんなにわかりやすい説明でも
実際触れてないのだから使ってないのも同然。でも何度も読み直して机上の論理だけはおぼえていった。

そして、待望のパソコンが我が家にやってきたのはそんなに先ではなかった。
母の友達だかなんだか知らないけどパソコンくれるといってきたのだ。このとき小学6年生。
でどんなパソコンがくるのだろうと期待していたのだが...そう世の中甘くはない。
シャープのPC−3100というものがやってきた。シャープでPC?それってポケコンとか思ってはいけない。
れっきとしたパソコンだ。専用ディスプレイまでついてきた。これがまたすごい。確か10インチで白黒。
パソコンのほうももちろん白黒。CPUはZ80だったから今考えるとそんなに悪くない。
まあもらったものだから文句も言えないし、BASICは動くみたいだからこれでとりあえず
覚えつつゲームでも作ろうかなと意気込んでいた私はまたここでつまづくのである。

(余談:ちゃんとこのマシンは家にとってある。どころか今でもまともに動くはずだ。ちなみに家以外では
某デパートでインテリア風においてあるのを見たのが最初で最後。持っている人っているのかな−?)

あの本に書いてあるBASICがそのまま動かない。当たり前である。機種が違えば言語も多少違ったりするのは
当然のはなし。その点今は機種の隔たりが少なくていい時代だ。で話を元に戻すとまずPRINT文が
使えない。どうやらPC−3100ではプリンタに打ち出す命令らしい。でかわりの命令があったのだが
ちょっと忘れてしまった。さらに追い討ちをかけるように「セーブができない」。正確にはセーブする環境が
私には入手できなかった。これには参った。仕方なくプログラムソースをノートに書き写して
次回はそれを打ち込んでから拡張していくというようの方法をとるしかなかった。
しかしこれには意外な利点があり(別に意外でもなんでもないが)、要は復習ができたり、自分の書いたソースを
打ち直すことで客観的にフィードバックが得られることである。(てことは当時考えているはずがないのだが)
さらに慣れてくるとノートにソースをそのまま書いてから一気にパソコンに入力して実行ということまでしていた。
まあノートにお絵かきするのと同様、プログラムを書いていたわけだ。(いやな子供だ)
など苦労しつつも基本概念はおなじなためプログラミングに慣れていったのだ。

そして私の大きな転換期にあたるであろうパソコンが中学生のときに登場した。
その名は「X68000」。何の因果かまたシャープの製品である。これを見たときは背筋がぞっとして
鳥肌がたったに違いない(多分)。とにかく欲しいと思わせてくれた唯一のマシンである(現在でも)。
その後どうなったかはまたの機会に。
(ちびまる)